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2011
09
30

Front-page music Sep./2011


Front-page music from Y-T,this month.(Sep./2011)

Joe Pass-Portraits of Duke Ellington
jp1 Satin Doll



Virtuosoと呼ばれるのは、もう少し後ですか。
ソロアルバムで、ジャズ・ギターの表現の幅を広げた!というような、評論が踊りましたね。
クラッシック・ギターでは当たり前の右手指の演奏法なんですが・・・。
ともかく、Night And Dayのコピーは当時のギター弾きにとって、必須でした、です。


Satin Doll- Joe Pass


1974年
Joe Pass (arch top electric guitar),
Ray Brown (acoustic bass),
Bobby Durham (drums).



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2011
09
29

音楽を聴くという事。

prologue


この時季、キャンパスのあちこちの学生用掲示板には、かなりの数のメモ紙が貼り付けられている。
そのほとんどは、ルーム・シェァ・メイト募集のメッセージメモである。
文面はあくまでも必要最小限。細かい事柄は、対面してのインタヴューで確認され、そして晴れてルーム・メイトとなる。
求める側の基準は多々あって、
【性別】【恋愛対象(ストレートかゲイか)】【恋人の有無】【学部】【財力】・・・。
同居生活者に求める条件として、これらはごく一般的で当たり前の事なんだけれど、一番大切なのは別にある。
今日は、そのお話です。

共同生活者として受け入れるときに一番大切な選考基準とは何か?
それは、
【音楽の好み】
どのような種類の音楽を好み、聴き、歌い、そして生活空間に垂れ流すか、です。
ジャズ、ロック、ブルース、フォーク、ファンク、ラップ、レゲェ、そしてカントリー、演歌、音頭、アイドル、コーラスしないグループ斉唱つぎはぎ歌唱・・・、等々等々キリが無い。
人それぞれにはそれぞれの好みがあって、音楽には特に好き嫌いの感覚が顕著なものだから、これは徹底的にリサーチされます。
いつもヘッドセットで聴いているなんて事は出来ないから、いきおいパブリック・スペースにも流れだしてくる音楽。
一日中カントリーが流れていたり、あんちゃんラップが渦巻いているホームでの生活はその趣味のない同居人には耐えられないものです。身体に変調をきたし、病気にさえなる。
大問題なのです。






音楽を聴くという事。


結論を言うと。
言い古されたステレオタイプの言葉ではありますが、文字通り【音を楽しむ】
それぞれにそれぞれの好み、好きなものは好き嫌いなものは嫌い、自身の感性で聴きそして楽しむ。
そして、お互いがそれを認め?干渉しない(笑)
しかし、押し付けない!
聴きたいものを聴き、聴きたくないものを聴かないそして、
聴きたくないものを聴かせない。
が、人との付き合いの上で一番の音楽に対する態度なのでしょう。

と、ここまでは趣味の違いでの事。
それでは、同じジャンルの音楽を好む者どうしでのそれは?
となると、また違った問題が活性するのです。
今回は、最近(いやホントはずっと前から)考えさせられている問題を述べてみたいと思います、です。

同じジャンルの音楽好きのある集まりで、ある楽曲を聴いて、皆が言います。

「これは凄い!最高だ!いやぁ~素晴らしい!」

一見満場一致、五つ☆としての評価ではあるのですが、
さて何が問題なのかと言うと、
それぞれの聴取者によって評価の基準が異なっている事なんです。
境界条件の認識がされていない、タームが定義されていない、異なっている、論評の根拠の不統一(笑)。
まぁ、研究じゃぁないんですから当然ですが・・・。





Aちゃん

とてもじゃないけれど、こんな演奏は出来ないよ。
手は早いし、フレーズは湯水のごとく溢れ出てくるし、とんでもないわざは繰り出すし・・・。
で、ブリッジのあのコードはどうなってるんだろうか?かっこいいな!
こんなふうにコードプレグレッション出来てしかも凄いテクニック。脱帽です。
で、「これは凄い!最高だ!いやぁ~素晴らしい!」



Bさん

すごい!これどこで手に入れたの?幻の名盤だぁ~!
ずっと探していて今日初めて聴いたよ。やっぱりいいなぁ。
あ、これはオリジナルのジャケットじゃないみたいだね、でもそれでも許します。
なんせ憧れのお皿なんだから・
で、「これは凄い!最高だ!いやぁ~素晴らしい!」



C氏

うぅ~ん。まるで目の前で演奏しているみたいに感じる。
バランスも最高だし、ベースの松脂の跳ねる音さえ聞こえてくる。
シンバルは原音そのものの煌めきを聴きとる事が出来るし、流石です。
やっぱり、このケーブルに大枚はたいた甲斐が有ったというものだ、うん。
で、「これは凄い!最高だ!いやぁ~素晴らしい!」



C嬢

ねえねえ、すごいよね。交通事故で身障者になっちゃってから頑張ったんだって。
尊敬しちゃう。健常者とおんなじように素晴らしい演奏しちゃうし、カッコいいし。
あたしこの曲大好きなんだ昔からね。
うふ、ちょっと訳ありなんだけど、それは、ひ・み・つ。
で、「これは凄い!最高よ!いやぁ~素敵ぃ~!」


最後のは少し筆が滑りました、お許しを。

とまぁ、色々な評価?が同時に存在してしまうのです。
お互いがお互いの尺度での
【これは凄い!最高だ!いやぁ~素晴らしい!】なのです。

あ、誤解無きよう。
僕は、これらすべてを認めるものです。
ことほど左様に、趣味の世界ではそれぞれの不可侵な感じ方が有るのです。
そして、それを良しとします、当たり前ですな。




そして、こんな聴取者もたくさん存在します。

E君

誰かも知らんし、何の曲かもしらんし、だけど
何か知らんけど気持ちいんよね!
からだがふるえるような、涙が溢れてくるような、幸せな気分に満たされるような。
それでいて有るところからは、アドレナリンが溢れだしてきて覚醒してしまう。
喜びが心と体に一杯になる。
で、「これは凄い!最高だ!いやぁ~素晴らしい!」



何をいまさら、言わずもがな、な状況なのですが、
改めて考えてみると、自分自身に照らしてですよあくまでも、少し寂しいのです。

はっと気付くと僕は、Aちゃんの様な聴き方をしている事が多い。
これが原因です。
ここにおよんでなぜこんな事を書いているかと言うと、やっぱりこのブログを立ち上げてからの色々な人たちとの関わりを経験させてもらっているからなんですね、きっと。


大いに反省しております、です。
いや、本当に、です。

純粋でいとけなき心で感動を味わっていた音楽。
原点に、初心に戻り、【あの感動をもう一度】の聴き方をしたいものです。

たとえば、
カーテンの向こうから素晴らしい琴線に響き同調する音楽が流れてくる、身体は震え、涙は垂れ流し状態、無駄な力は抜けて精神は雲の上を漂う、快感っ!

こんなふうに聞きたい、再び。
カーテンが除かれたときに、その演奏者が盲目であれ、脚で演奏していたのであれ
紬出されれていた音楽が最上のものであれば、大きな拍手を送りその感動と時間を共有できたことの奇跡を愛でたい。

【音楽を聴く事】
あらゆる先入観を排し、ただひたすら音楽を聴く。
音楽そのものを聴く。
自分自身の感性で真摯に。

それが何をも与えてくれてもくれなくても、その一瞬の状況を楽しみたい、ものです。





epilogue


ある日、
家の中には音楽が溢れている。
居間に行き、テレビを消す。
隣の部屋からも流れてくる。
外出する。
商店街にも、ショッピングセンターにも、音楽が流れている。
パチンコ屋の音楽も漏れ出している。
足早に通り過ぎ、また回り道をする。
用足しに寄る銀行のATMセンターにもある。我慢していくばくかの時間を過ごす。
待ち合わせのホテルのラウンジにも音楽が鳴る。ここは離れられぬ。拷問に耐える。


ある日、
歯医者に行かねばならぬ。
待合室で音楽が踊る。
でも、学習しているからここではウオークマンに頼る。
台に座らされてしまえば、来るべき恐怖でそれをやり過ごす。

このように世の中には音楽が溢れている。
嫌いなものは避ければよい。近寄らねば良い。
しかし!
そうはいかぬ状況は多い!
環境音楽と言う名の、癒しの音楽と言う名の、押し付け音楽。

サービスの本質は、人が望まない事をしない事。
この大原則を忘れている、自分よがりの過剰なそれ。
まったく、△%#!?!!*+●


ある日、
仕方が無いので、人間ドッグに行く。
コンシェルジュ付きの高級クラブもどき。
患者様の俺は、どう振舞っていいのか解らぬ。

最新式の全身スキャナーが売りのこのクラブで、遂にそれに乗る。
慇懃無礼な技師がメニューを差し出して、30分のスキャンの間脳をリラックスさせる為だと強制鑑賞音楽を選べという。
仕方なく、俺にとって一番無難であろう楽曲を選ぶ。
大人だから我慢は出来る筈だ、レベル3くらいの拷問で有れば。
で、時間は表向き何事もなく進んでいる。
だが、俺の肉体内部でおこっているフィジカルな大変調は恐るべきものだった。

白血球は異常増殖している。
マクロファージは上を下への大騒ぎ。
しかし、異物の侵入は認められぬ、原因が解らない。ケミカルなタンパクの変調も顕著なのに。
と、
予期されない想定外の大惨事が始まるのだ。
進化の過程で冬眠していた遺伝子情報が発現し原始タンパクの合成を始める。
最強の細胞再生たんぱく。
トカゲがしっぽを再生させるそれ、再生の代わりに頭脳の進化を選び、冬眠させていたそれ。

ものすごいスピードで彼等は宿主の変調を救い再生しようとする。
白血球やマクロファージは、やっと敵が現れたと思い最初は攻撃を試みるが、
ハタと思う。
こいつらは、この身体を救おうとしている味方なんだ、お仲間だと。
だったら協力しようじゃないか。
ただただ増殖する事しか能のない、この愛すべきバカ正直な細胞たちが栄養を得るための血管への道筋を、マクロファージは作り始めるのだ。
そして30分が表面上無事に過ぎた。


翌日の、院長問診。
昨日まで健康であった俺は、
ありがたく病名を拝命する。
曰く、

「A様、まことに申し上げにくい事なのですが・・・。当院はあくまでも患者様本位での診療を心がけておりますです、はい。疾病の早期発見と、適切で最適な治療、なかんずくはその予防を一番の目的としておりますです、はい。そこでそれを踏まえて、おホン、お伝えせねばなりません。患者様の、A様とご家族との今後のクオリティー・オブ・ライフが素晴らしいものであって欲しいとの思いにかんがみてです、はい。
では、お話します。
大変残念で、原因も現代最先端医学でも解らないのですが、我々も困惑しているというのが事実なのですが・・・。A様は、全身に悪性新物質が発生しておりますです、はい。頭の先から足の指の先まで。
で、余命は、2か月と言うところでしょうか。ご愁傷様です。どうぞ、御家族と素晴らしい人生最後のひと時をお過ごしくださいです、はい。因みに、我医療法人では各種リゾートホスピスのご案内をいたしておりますので、お帰りの際、担当コンシェルジュにお申し付けください。では、御苦労さまでしたです、はい・・・。」

見事なものだ。
病名のみならず、引導まで言い渡された。
原因は、俺には良く分かっている。
いやな音楽じゃぁ気持ちは休まらないんだよぉ~!自明の理だ。
ったく!

このようにして俺は病を得る。
だから、
病院に行ってはいけない。
行けば、必ずなにがしかの病名が付く。病院に行くから病気になる。
おまけに今回の夢では不治の病だ。何と言う事だ。

だから、
俺は生まれ変わったら、病院には行かない。
行かねば、病気にはならないのだから・・・。

それにしても、
くそったれが、嗜好品を押し付けるんじゃないよ。
俺は、ドルフィーが一番落ち着くんだ!



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



さて、
色々と書いてきて最後はまたまたの与太話となりましたが、とりあえず【音楽を聴く事】と言う今日のエントリーはおしまいにします。

ご案内の様に、
このブログでは、主に好きなジャズ楽曲をネタにして記事をでっちあげているんですが、
考えてみると、物心ついた頃から思い起こすと、
三橋道也、春日八郎、美空ひばり、こまどり姉妹、・・・。
TVの登場以降は、
ロッテ歌のアルバム、シャボン玉ホリデー、ザ・ヒットパレード、夢で逢いましょう、・・・。
ジャズを聴くようになるまでは、こんなに正当な音楽生活をしていたものです。
そして、それらは今でも懐かしく蘇えります。
やっぱり、歳なのか(笑)
その上、口ずさんでいる自分がいる(再笑)
恐ろしい事です。



と言う事で、
今月の思い出ブログの締めくくりの曲です。
60年代初めから中ごろくらいの曲かなぁ~、
こんなの歌ってましたっけ、今思えば良い時代でした。
思い出に浸り、少しノスタルジックになるのも、良いもんです。
歳とる事もあながち悪くない、ですな。
ではまた来月からは、いつもの通り不定期気の向くままです。

今月のお付き合い、ありがとうございました、感謝です。




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2011
09
26

#071- Harada mieko- nureba

#071- Harada mieko- nureba


今回はお約束の熟女女優さんの本編編集動画です。
お馴染み濡れ場だけの寄せ集めですが、
この映画は、できれば全編ご覧いただきたいものです。

1976年劇場公開。
長谷川和彦監督作品。ATG製作。
『青春の殺人者』


では、お楽しみください。


arada mieko -nureba (nostargia)
アダルト動画:Harada mieko -nureba (nostargia)
Harada mieko -nureba (nostargia)




#071- Harada mieko- nureba




Harada mieko -nureba (nostargia)




『青春の殺人者』(せいしゅんのさつじんしゃ)は、1976年公開の日本映画。
長谷川和彦監督、水谷豊、原田美枝子主演。今村プロ=綜映社=ATG製作、ATG配給。 カラー / ビスタ / 132分。
長谷川和彦の第一回監督作品。1974年に千葉県市原市で実際に起きた親殺し事件を下敷きにした中上健次の短編小説『蛇淫』をもとに、田村孟が大胆に脚本化した。 深い理由もなく、行きがかりから両親を殺してしまった青年とその恋人の末路を、突き放した視点から描く。










長谷川 和彦(はせがわ かずひこ、1946年1月5日 - )は、日本の映画監督。広島県賀茂郡西高屋町(現・東広島市)生まれ、広島市南区育ち。愛称ゴジ。
1976年に中上健次原作『蛇淫』を脚色したATG『青春の殺人者』で監督デビュー。“30歳の新鋭映画監督登場”と大きな話題を呼んだ。この作品はその年のキネマ旬報ベストテン1位に選ばれるなど、高い評価を受け、多くの映画賞を独占した。新人の第1回作品がベストワンになるのは異例であった。 

長谷川和彦- wiki
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%95%B7%E8%B0%B7%E5%B7%9D%E5%92%8C%E5%BD%A6



原田 美枝子(はらだ みえこ、本名:石橋美枝子 1958年12月26日 - )は東京都出身の日本の女優。原田三枝子とも。身長157cm。A型。夫は俳優の石橋凌。3児の母。所属事務所は舞プロモーション。
1976年: 『大地の子守歌』・『青春の殺人者』、ブルーリボン賞/新人賞。1976年度キネマ旬報/主演女優賞、製作者協会新人賞、報知映画賞/新人賞、ゴールデンアロー賞/最優秀新人賞


原田美枝子- wiki
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%9F%E7%94%B0%E7%BE%8E%E6%9E%9D%E5%AD%90


水谷 豊(みずたに ゆたか、1952年7月14日 - )は、日本の俳優、歌手。北海道空知郡芦別町(現・芦別市)出身。身長168cm、体重60kg、血液型はA型。トライサム所属。
1976年にはATG映画『青春の殺人者』でキネマ旬報賞主演男優賞を最年少で受賞


水谷豊- wiki
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B4%E8%B0%B7%E8%B1%8A


と今回は、wikiからの盗用だけです。
中上健次、長谷川 和彦、原田美枝子、水谷豊、そしてATG。
この映画からは色々な物を受け取りました。
あ、こんどまた見てみよう、レンタルしてですが・・・。




で、
音楽も貼っておきます。
まだまだ記念月なものですから(笑)
やっぱりまた、ドルフィー、です。
申し訳ない事です。


Eric Dolphy -Out There



1. Out There
2. Serene
3. The Baron
4. Eclipse
5. 17 West
6. Sketch Of Melba
7. Feathers





Eric Dolphy - Serene
Eric Dolphy - The Baron





Eric Dolphy - Eclipse
Eric Dolphy - 17 West





Eric Dolphy - Sketch Of Melba
Eric Dolphy - Feathers




"Out There" (Prestige Records, 1960).
Eric Dolphy(Flute, Alto Saxophone, Bass Clarinet)
Ron Carter (Cello, Bass)
George Duvivier (Bass)
Roy Haynes (Drums)



と言う事で今回は、熟女女優本編編集動画と、お馴染みのドルフィー聖人の出走でした。
次回はとうとう記念月の最終回と言う事になります。
またまたの、くどいお話なのですが・・・。
28日にお目にかかる予定ですので、です。




2011
09
23

Bran New Day- 21,915 !!- 23/sep./2011

21,915 !!

23/Sep./1951 ~ 23/Sep./2011



For Bran-New beautiful Life
Someday Over The Rainbow with my all loves and so all my friends.


Tnk's a lot !!




申し訳ない・・・。
還暦、です。




okusagi
S- #03 投稿者 s23k16



shin100 pm1 94-1






このブログを立ち上げた理由は色々とあって、
その内の一つは去年の9/23日の記事の【衝突と即興】に書いた。
ただ、ここ2年程の精神のざわめきを鎮めたくて、それより少し前に覚書の様なブログを書いていた。

今日この日を迎えられて、ある意味では安定剤としてのブログの使命も終えたのかもしれない。
が、
今ではこのブログは、ここで出会った多くの友人や物言わぬ訪問者と共にあると信じられるようになった。
僕も、新しい命を生きるし、このブログもそうありたい。


で、
2010年3月、覚書に記した文章を紹介して、一歩踏み出す事のお許しを乞う、です。
この二年余りは、井戸の底から、月や星や、少しの時間だけ通り過ぎる太陽を見ていたのかもしれんなぁ~、やっぱり。

さあ、これからは・・・。





毎年、3月21日を乗り越えると、心が落ち着く。
年が明け、1月半ばを過ぎたころからざわざわとそれが始まり、2月27日に向かって、精神の鬱が始まる。

父と母と、年こそ違え二人とも、2月27日が命日だからだ。
1980年、1995年、それぞれ旅立った。
ちょうど今年で、30年と15年、早いものである。3月21日は、母の誕生日。生きていれば、82歳か、まだまだ元気な憎まれ婆さんだったやもしれんなぁ...

親父は、59歳で逝った。父方の兄弟は皆短命で、弟が23歳、兄が59歳と、皆還暦を迎える事が無かった。残された、男は、私と弟、それに2つ上の従兄の3人で、やっと一人めでたく還暦に達した、良かったなぁ...

ここでこんな話を書いたら、私の歳がバレるけれど、もうじきその鬼門を私も迎える。私は、それを超えられるだろうか...、芥川の【・・・唯ぼんやりした不安】と同じものが僕の心に巣食うのかもしれない。

明日は雨の予報、桜雨か。
桜は好きだ。今の時期からの4分咲き、5分咲き。満開も遠くから愛でるのは良い。
ただ、満開の桜の下に行くと、なぜか頭に血が上って熱を帯び、そのまま倒れこんでしまいそうになる。のぼせて鼻血が出そうになる。どうしてだろうね。

とにかく、この雨が行き過ぎた時、私の今年が始まる。

2010/03/23 Tue 00:40




という事で、
もうどんどん進んできた今月のハイパーブログは、一応の大団円なのです。

今月は、後二回。
熟女女優さんの本編編集動画と、
申し訳ないのだけれど、少し真面目な書き物を予定しています。


そして、
このブログを通して出会って下さった皆さんと、とりあえずの長い人生で私に関わってくれた全ての人々に
大感謝して、今日のエントリーを終えます、です。

ホントの事言うと、親父が逝ってからの30年余り、特にお袋が居なくなってからの16年間は、まだまだ総括して語らねば、僕の精神状態は完全な安定を得る事はないのかもしれないけれど・・・。

それは、
そう、
気持ちのいい温泉にでも立ち寄って、
そう、
露天風呂に身体と心を浸し夜空の星を見上げ、
穏やかに語るとでもしましょうか。

誰に?
それは勿論、心の同行者であるあなたに他なりません。
ご迷惑でなければ(笑)、です。




最後に、とても大好きな言葉を貼りつけて。

     
あるイメージの追憶とは、ある瞬間を惜しむ心にすぎない

                (失われた時を求めてー鈴木道彦訳より)









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2011
09
22

2011/9/22- Count down- #04

count down- 2011/9/22- [ 21,915 -01 ]



前夜。

Last day ~ first day



《Je est un autre.》(=I is someone else.)



Richard Burmer - Across the View












Jean Nicolas Arthur Rimbaud
Une Saison en Enfer(1873年)


ジャン・ニコラ・アルチュール・ランボー 地獄の季節Ⅵ(小林秀雄 訳)



    別れ

 もう秋か。 ―― それにしても、何故、永遠の太陽を惜しむのか、俺達はきよらかな光の発見に心ざす身ではないのか、 ―― 季節の上に死滅する人々からは遠く離れて。
 秋だ。俺達の舟は、動かぬ霧の中を、纜を解いて、悲惨の港を目指し、焔と泥のしみついた空を負ふ巨きな街を目指して、軸先をまはす。あゝ、腐つた襤褸、雨にうたれたパン、泥酔よ、俺を磔刑にした幾千の愛慾よ。さてこそ、遂には審かれねばならぬ幾百万の魂と死屍とを啖ふこの女王蝙蝠の死ぬ時はないだろう。皮膚は泥と鼠疫に蝕まれ、蛆虫は一面に頭髪や腋の下を這ひ、大きい奴は心臓に心臓に這ひ込み、年も情も弁へぬ、見知らぬ人の直中に、横はる俺の姿が又見える、……俺はさうして死んでゐたのかもしれない、……あゝ、むごたらしい事を考へる。俺は悲惨を憎悪する。
 冬が慰安の季節なら、俺には冬がこはいのだ。

 ―― 時として、俺は歓喜する白色の民族等に蔽はれた、涯もない海浜を空に見る。黄金の巨船は、頭の上で、朝風に色とりどりの旗をひるがへす。俺はありとあらゆる祭を、勝利を劇を創つた。新しい花を、新しい星を、新しい肉を、新しい言葉を発明しようとも努めた。この世を絶した力も得たと信じた。扨て今、俺の数々の想像と追憶とを葬らねばならない。芸術家の、話し手の、美しい栄光が消えて無くなるのだ。
 この俺、嘗ては自ら全道徳を免除された道士とも天使とも思つた俺が、今、務めを捜さそうと、この粗々しい現実を抱きしめようと土に還る。百姓だ。
 俺は誑かされてゐるのだろうか。俺にとつて慈愛とは死の姉妹であろうか。
 最後に、俺は自ら虚偽を食ひものにしてゐた事を謝罪しよう。さて行くのだ。

 だが、友の手などあろう筈はない。救ひを何処に求めよう。

         ★

 如何にも、新しい時といふものは、何はともあれ、厳しいものだ。
 俺も今は勝利はわがものと言ひ切れる。歯噛みも火の叫びも臭い溜息も鎮まり、不潔な追憶はみんな消え去る。俺の最後の未練は逃げる ―― 言はば乞食、盗賊、死の友、あらゆる落伍者の群れへの嫉妬だが、 ―― 復讐成つた以上は亡者共だ。
 断じて近代人でなければならぬ。
 頌歌はない、たゞ手に入れた地歩を守る事だ。辛い夜だ。乾いた血は、俺の面上に煙る、このいやらしい小さな木の外、俺の背後には何物もない。……霊の戦も人間の戦の様にむごたらしい、だが正義の夢はたゞ『神』の喜びだ。

 まだまだ前夜だ。流れ入る生気とまことの温情とは、すべて受けよう。暁が来たら俺達は、燃え上がる忍辱の鎧を着て、光り輝く街々に這入ろう。

 友の手が何だと俺は語つたか、有難い事には、俺は昔の偽りの愛情を嗤ふ事が出来るのだ、この番になつた嘘吐き共に、思ひ切り恥を掻かせてやる事も出来るのだ、 ―― 俺は下の方に女共の地獄を見た、 ―― 扨て、俺には魂の裡にも肉体の裡にも、真実を所有する事が許されよう。


引用出典

『考えるヒント4 ランボオ・中原中也』 小林秀雄 文春文庫、文藝春秋












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2011
09
19

#070- Maki youko- with Terai naoko

#070- Maki youko- with Terai naoko



遅くなりました。
一日遅れの、どんどん更新、です。
出来たてのほやほや状態。
先ずは、お楽しみのほど、です。






#070- Maki youko- with Terai naoko

アダルト動画:Maki youko- Photo,nureba
Maki youko- Photo,nureba








Maki youko- Photo,nureba 




真木 よう子(まき ようこ、1982年10月15日 - )は、日本の女優。
千葉県印西市出身。フライングボックス所属。
---
中学卒業後、仲代達矢主宰の『無名塾』に入塾。1年目にして『どん底』の重要な役どころであるナターシャ役に大抜擢され、仲代は『どん底』パンフレットの中で、才能を絶賛していた。しかし、合宿で日課となっている持久走を早い時間に済ませて先に集合場所で待っていたため、それを見た仲代が大激怒。真木は逆に仲代に怒り返したことから、結局そのまま退塾・帰京。その合宿以来、仲代とは挨拶もしていないという。
2003年のオムニバス写真集『LIP』で水着姿を初披露。水着のグラビアはこの時と『月刊真木よう子』のみである。2005年に撮影した映画『ベロニカは死ぬことにした』で初めてヌードシーンに挑戦しバストトップを露にした。2007年発売の写真集『月刊真木よう子』ではセミヌードを披露している。
2006年11月、『ゆれる』で 第30回山路ふみ子映画賞新人女優賞受賞。
---
2008年11月、片山怜雄と結婚。2009年5月に第1子を出産した。



実は僕、なにを隠そう好きなんです。
いや、バストの大きさじゃぁなくって、この女優さんの男前な演技、です。
かの【無名塾】のオーディションにパスしたと言うだけでなく、演技とは無関係の精神論での退塾。
演劇でも、音楽でも、一匹狼で在るべき切ったはったの世界に生きる覚悟をもった表現者であり続ける事を、とりあえずそのキャリアの最初にキッチリと示した生きのよさを、リスペクト致します、です、はい。

でも、それはそれで厳しいもの。なかなかお呼びがかからない事もある。
でもでも、頑張ってこのまま良い仕事で僕らを楽しませてください。
私生活も、キッチリと区別しての御様子で、尊敬します。
幸せな家庭?と、狂気の演技、できれば、板の上で拝見したいものです。




真木洋子- wiki
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9C%9F%E6%9C%A8%E3%82%88%E3%81%86%E5%AD%90







で、
使用した楽曲は、

Storun moment
Spain




下記のアルバム、寺井尚子-LIVE からです。

NAOKO LIVE
terainaoko1 -2001年5月23日




先ずはじっくりとお聞きください。


Storun moment- Terai naoko(Live-)
Spain- Terai naoko(Live)





HARVEY MASON(ds.)
LEE RITENOUR (gt.)
ALAN PASQUA (p.f))
ROBERT HURST (b.)



キャプテン・フィンガーズ、リーリトナー先生。
できれば、こてこてのジャズやってほしかったなぁ。
ベンソンみたいに(笑)正統ウェス派としてです。
技術は素晴らしい、で器用貧乏(ホントはお金持ち路線)ですが、
とにかくもったいなかったです。
でも、流石に楽器の音作りは一級品です。お手本にします。
ギターの最高の響きを引き出す腕は流石です。
弦鳴り(強く弾き過ぎる)させるだけのバリバリ弾きバカ状態で無い、本来の楽器の音。まァ、それが仕事だったからね、スタジオじゃ。
うすーく薄くハーモナイザとピッチシフタかけて、現代のフルアコの音です。好き嫌いは別にしてですが。
あ、日本の麗しき奥様とは良いお友達になられたとの事、ご自愛ください、です。

余計なお話でした。


寺井尚子女史、
前作【Prinses-T】のメンバーを引き連れての日本ツアーからのライブ版です。

Princess T
tnpt 2000年9月22日


寺井 尚子(てらい なおこ、1967年5月1日 - )は日本のジャズ・ヴァイオリニスト。
神奈川県藤沢市出身。1988年プロ・デビュー。1995年に来日中のケニー・バロンと共演し、その縁で彼のアルバム録音に招かれニューヨークへ。1998年に初のリーダー・アルバム発表。
来日中だったジャズ・ピアニスト、ケニー・バロン氏との共演をきっかけに、ニューヨークでのレコーディ ングに参加し、一躍注目を集める(1997年)。


寺井尚子- wiki
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%BA%E4%BA%95%E5%B0%9A%E5%AD%90






バップスタイルのバイオリンは珍しいと言えば珍しい。
飛び跳ねる、バイオリンです。何か好きなんですな。
ピン・ヒールで弾く情熱のバイオリンジャズ、です。

再度で、今年の東京ジャズでは大看板張ってましたね、喜ばしい事です。
がんばれ!!



では動く女史を。やっぱり動いていないとこの人はね(笑)

先ずはお約束の、定番?
とりあえず今回はこんなのが受けるかも、です。



Naoko Terai La Cumparsita





libertango- Naoko Terai












次は、これもお約束のツカミ。新しいジャズファンを増やして下さい、です。


愛のプレリュード(ショパン)




アルビノーニのアダージョ




チャップリン・メドレー:テリーのテーマ~スマイル




シング・シング・シング







で、やっぱり最後に、バップ
も、です。


Donna Lee





お疲れさまでした。
今回は、いよぉ!男前Maki youko女史と、跳ねるピン・ヒールTerai naoko女史との出走でした。
女は、強く柔らかい、あははは、です。

で、次回はそろそろです。
またやってくる記念日の記事と成りますかどうか、ですが。

お楽しみ?に、です。





2011
09
16

anex- eee的日常 #04

取りとめのない残暑と、予測できない出来事の多発?
時代の転換期に立ち会っているみたいなこの時期に節目を迎えるけれど、
またまた少しの、与太話です。
まぁ、こんなんもあったみたいな夢を見たみたいな。
でも、

これはフィックションです。


anex- eee的日常 #04


雨が降っている。
別段嫌いな天候ではないのだけれど、下手なアルト吹きが書いた(いや、この時点ではまだ書いてはいないのだが)限りなく透明に近いブルーな外気をアパートの窓越しに眺めていた。
若干の、メランコリー、か(自嘲)。

時の概念が希薄な非日常から、幾度かの桜の咲く季節を経て執行猶予も明け、のっぴきならぬ社会的な日常を生活しなくてはならぬ。
一緒に仲良く騒ぎまくっていた悪友たちも、遅ればせながらではあるが、それぞれがそれぞれの行く道を決めようとしている。ただし、Eとその周辺にたむろする者たちは既に、一般的な社会に生息をしてはいなかったから、親や親戚や、まして常識的?な社会からは遺棄されるべき存在だったし、誰も気にもしていない事だろう。
だがね、そんな虫たちにもいっぱしの悩みはあるものだ、うん。

最近のEは自分の部屋で目覚める事が多い。
食堂巡りも、幸いな事にこちらに出てきてからの過分の稼ぎで目的を少し変え、ただただ一人寝の寒さを凌ぐ事と雄としての本能の発露を満たす事との目的になり下がっていたから、お勤めとしてのそれからは解放されていた。

決断。
何かを決める事。
否、何かを捨てる事。
何がしかの基準で選択し、より良い??道を目指す(再自嘲)
大人になるとは、社会に生きるとは、一番苦手な事をする事なんだなぁ~。
でも今日は夜中仕事だから、とりあえず学っ校こなして、少しずつリハビリする事にしようか。
なんて、真面目に考えていたら・・・。

Jちゃんから昨日の夜電話が有ったのを思い出した。
おっとっと!
やっぱり、僕はまだいい加減状態が抜けていない。社会復帰には時間がかかりそうだ、っと。


10時すぎにJちゃんは来た。

薄々は知っていた。
この間からしばらくの間郷里(クニと読む)に帰っていたし、仲間内からも聴いていたからね。
けれど、せっかくの真面目話、うんうんとじっくり聞いてやろうかな、いや心づもりとしてはです、どうなる事か解らない。なんせJちゃんの話はテンポ・ルバートやらリピートやらセーニョやらbisやらが多すぎて、いつまでたってもコーダに行かない。今日は頼みますよ、Jちゃん!キチンと良いころあいのサイズでのエンディング。

では、その会話から・・・。

「Eチャン、俺さぁ、がっこやめた。」
おっと、いきなりの直球フレーズ。
最近腕上げたなぁJ、掴みは最高だぁネ。
「聞いてたよ。Kチャン達が心配してたからね、去年から」
と、とりあえずの優しい表情でEは一小節。
(ホントは、自主的にでなくって、追い出されたんだろうけれど、それは言わない武士の情け。がっこ行ってなかったもんね、親が泣いてるぅ~)
「でね、でね、がっこ行くんだ」
え?、ほら来た。
訳解らんアウトフレーズ。
フリーやるなら最初から言っといてよ、そんなんだから皆んながJチャン呼ばないんだよ、『俺が俺が・・・』が早すぎるんだって!いつもの事だけど。

でもね、長い付き合いだからEだけはJちゃんとの合わせ方を熟知している。
Jチャンに気持を最大限にアウトプットさせて、その上きちんと辻褄を合わせた作品に仕上げる方法。それが上手く行った時の万雷の拍手と、心地よい快感(たとえばあのときの様な)。
で、早速っと・・・。


「これこれ、まあ落ち着きなさい与太郎。急いては事をし損じる、パンツは尻っぺたから脱がすべしの理あり(これ前にも書いた)。親しき仲にも前戯あり(これも前に書いた)、なんて言うもんだ。落ち着いてぇ~の、順番通り~の、その上人様に理解してもらえるよ~に話してごらんなよ。そしたらこのあたしが、有り難い御託を授けるってぇもんだぁな・・・」

Jちゃん嬉々として、
「嬉しいな、久しぶりの御隠居さん。もうどんどん話すよ。今日朝は7時に起きて、顔洗って、いやね昨日の夜は久しぶりに早く寝たもんだから朝6時には目ぇが覚めちまって、そんでも『まだ早いべ、こんな真夜中には起きれるもんじゃぁない』なんて業界人の意地で布団かぶってたんだなんて思いねえ御隠居さんっとくらぁ。てやんでぇ、べらぼうめ。そしたらアパートの下ん通りで『どっかぁーん、ガッシャーン』事故ってやんの(あはは)。でも、よく考えたら、けが人有ったらいけんしで、通報して英雄になったら新聞や週刊誌にものったりして、たちまちもう大騒ぎ。故郷のおっとうやおっかぁ大喜びで、こりゃぁ凄い事になるかもと思ったりして、と思いねぇ。クソ爺xぃ・・・。」

あぁ~×△%##・・・。
でもここでめげたら二度とは使ってもらえぬ!
ゆくぞ裏街道ドンバの切り返し。

「あぁ~、お前さんすごいよ、指だけで。仲ぁ来てからあちきはこんなの初めてでありんす。もう駄目、早く来てでありんすぞえぇ~。(まだ宵の口なんだからさぁ、チョンの間の若造に時間かけらんないんだよ。早くおしよ、もう)」

「あはははは、花魁、いやさ御隠居も好きだねぇ。そんなに言うなら、ほれほれほれっときたもんだ」
「で、逝ったのかい、あいや、言うのかいそろそろ?」
「あい」
「で?」
「え?」
「ほれ!」
「あそうか。でねEチャン、おれボストンに行く」
絶句するE。だが冷静に冷静に。
「あ、そうなん、で、何しに?」
Jちゃん、得意げに喋る。
「日本のがっこ駄目なら、アメリカ行って証書とってこいって。おっとうが。町の会議所でも初めての留学子息で、ゆくゆくはアメリカ帰りの若社長さん。あはは、けがの功名たぁこの事だ。転んでもただで起きちゃぁいけね商売上手っとくらぁ、てんであっという間の御命令。でね、何処か探せって言うから、バクリにした。」
一気にコーダー、お終い。御苦労さんだ。
でも、バクリ出の経営者?意味解らん・・・。
親父さんバクリが何か知らんのよねきっと・・・、ぁ~。

と、この後も色々と寄り道しながらの話が続いて、ここからが今日のお勉きょ、です。

「Eチャン、でね、でね。オリエンテーションでクラス分けある。初級中級上級かな、何かそんなんで、実技あるんだけど、何やる?」
「何やる?俺が?」
「あ、Eちゃんも行くの?」
「違うよ(笑)。課題が有るんじゃないかな?それやらされるんだよきっと。」
「うんうん、何かブルス。で、何やる?」
「で、何やる?って、何でもいいなら得意なのやればいいじゃんか。少しカッコいいのでも」
「F?、B♭?」
「あのね(少し飽きてきたE)。たとえば『悪がきビリーが飛び跳ねちゃってうるさくて仕方ねぇおっかぁどうにかしろよ、ったく!』とか、『何言ってやがんでぇ、ウイスキー飲む時ゃぁ男は黙ってストレート(注#1)』とか、Jちゃん得意じゃんか。それで充分だよ。」
「解ったでござるで候で了解、痛みいるぞ。Fのブルスで良いだな」
別にFのブルースじゃなくてもいいけど、話すとまた長くなって訳解らん結論になるから、ここらで手を打つEであった。

と、突然。
「せんせ!質問。」
「えぇ?(うるせえなそろそろ帰れよ状態が来たE)」
しかし、Jちゃんは無邪気だけど核心をつく質問をいつもする。純粋な質問はEにはいつも爽やかな喜びをもたらすのだ、うん。

【質問】
「ジャズのブルスはどうして皆、FかB♭?臭いのブルスは、GやらAやらばっかしなんに?」
Eは居住まいを正し、Jに告げた。
「黙って最後まで聴くならお教えしましょう。約束守れるのなら。」

・・・・・・。

【解答】

(結論)
ひとえにジャズでも、カントりでも、ブルスでも、誰が一番偉い?かにかかっているのだ。
だからして、一番偉い?演奏者のやりたいのがいっぱいになるのは世の常。
長いものには巻かれろの正統な社会生活食扶持獲得演奏状態が形成される。

と、こんな難しい抽象的で学問的な解答しても、文系のJちゃんには理系のEちゃん達の合理的論理的思考は望むべくもないので、やさしく物語した。

<誰でも解るやさしいジャズブルスの秘密>
【チャリーが町にやってきた!】

昔々。
ある国のある町のある地域、アーレムにチャリーが住んでいました。
おとさんはロイクでアル中、おかさんはロイクで洗濯婦。でも、頑張って生きていたんですよ。
チャリーは7年生になった時にがっこのブラスバンドに入りました。
が、与えられたのはスーザホン。
かっこ悪い!
やっぱ、ラッパが良い!!!と泣き暮らしておりました。

で、時は過ぎ(少し長くなったので、はしょります。)
アルバイト?で溜めたお金で、町一番のポーンショップからトランペットを手に入れます。
練習に次ぐ練習、寝る時も一緒、トイレでも離さない、吹きながら出すありさまで、あっという間にいっぱしのプレヤとなるのであります。

さてこうなると、道場に通いたくなるのもまた世の道理。
やってきました、まだ開店前のジャズクラブ。

「アンチャン、ふけるのかい?」
の言葉を待ってましたとばかりにセッションする事になりました。

「ブルスやれるかい?」
「決まってるじゃん!」
「そうかい、じゃやろうか。で、キーは?」
「何言ってるんだよ、ドレミに決まってるべ」
「あそ、Cか、じゃぁ吹きな、俺たちゃ適当に付けるからさ」

とこんなことで遂にチャリーがデビューしたのです。
ところが、
店中に響き渡る不協和音。
チャリーのフレーズは、それはもう子供とは思えない素晴らしいセンスと演奏技術なんですが、ピアノともベースともアンサンブルしない。現代音楽不協和音の固まり状態なのです。

「あんちゃん、Cだよな?」
たまらずピアノのブラザーが声をかけると、
「ドレミだよ!」
の一言が返ってきました。

・・・
はっと、ブラザーここで気がつく。
ベースにこそこそと話しかけ、再びチャリーにカウントを出したのです。

何と素晴らしいひと時よ!
若き抜群の才能が出現しました。店の準備をしていたロイクブラザー、シスターたちも手を止め聴きいるのでした。

その後すぐにチャリーはクラブの看板スターになりました。
少したって、チャリーが#がひとつ付いたドレミをマスターしてからというもの、表現の幅も広がって、あっという間に国中の人気者となりました。
そしてめでたくアーレムを飛び出し、世界中でラッパを吹き続けたとの事です。
めでたしめでたし・・・。

おんなじように、イカゴでテナー吹き始めたブラザージョンも、得意の「ドレミブルス」で世を席巻しました。
ジャズじゃ、フロント取れるのは、やっぱラッパとサックスだもん。
後は、リズム隊と言う一からげだし、ブローできないし、太鼓はうるさすぎて他の楽器の音聞こえなくするし・・・。

<完>



Jちゃんがこの話の内容を理解するのに、その後二時間を必要とした事は秘密にしておいてあげてください。

お察しのように、
トランペットのチャリーや、テナーサックスのジョンの【ドレミ・ブルス】、【#ひとつのドレミ・ブルス】が
【キ―・イン・B♭】、【キー・イン・F】なのです。

なぜって?
トランペットも、テナーサックスも移調楽器で、キーはB♭。
一番簡単な指使いのドレミ(小学校の時のたて笛を思い出して下さい)は、実音ではB♭(変ロ長調)の音階なのです。
同じように、#ひとつ(Fに#、【キー・イン・G】は、実音でF(ヘ長調)音階。

このようにして世の中には、B♭とFのジャズブルスが繁殖したのです。

で、臭いのブルスはと言うと。
それは歌うたいが偉いから。
歌歌いながら、ギター弾きます。
再度で、
ギターは、構造上も音域上も、#キーの演奏に適した楽器なのです。
G(ト長調)、D(ニ長調)、A(イ長調)
勢いこちらが主役になる。
カントりも勿論ですな、一番ですからお国ではね。
だから、やっぱり、
一番偉い人たちの得意なのが主流となっとるわけです。
さもありなんの、お話でした。


閑話休題。

そんなこんなで二週間後、無事にJちゃんは御洋行となりました。
無理やりに取り上げたEの330を、「餞別、餞別嬉しいなぁ』
なんて歌いながらでしたが・・・。

少し寂しいEでありましたとさ。

こんなとこで今日のお話は終わりなんですが、
Jチャン、向こうの水が合っていたらしく、英語しゃべれないのにとんとん拍子でした。
『俺が、俺が』。
どんどん前に出る怖いもの知らずが、かのお国では一番必要だったんですな、ジャズやるには。なんて遅ればせながら知ったEでしたとさ、再び。

光り輝く「アバクロンビアワド」、幾枚かの自分名義アルバム、有名どころのプロヂュス、御活躍です。
でも、腰には気をつけてくださいな、歳なんだからね、お互いに。


あ、落ちがいるんだった。

少しあのやりとりに戻って、っと。

「で、決局何やったらいいの、ねえEちゃんおせえてよ。Fなの?B♭なの?ねえねえ」
「もううるさいなぁ。そんなのは行ってからだ!その場で一番偉い人が決めるんだぁよ!」
沈黙。
少し困って、Jちゃん、
徐に一言、ぼそぼそと呟いた。
「とほほ、それじゃぁ、俺が決めなきゃなんだ、いやぁ、困った。」


お後が宜しいようで・・・。


え?
それでEはどうしているのか?ですか。
それはまた後日と言う事にします、です。


(注#1)
『何言ってやがんでぇ、ウイスキー飲む時ゃぁ男は黙ってストレート』は西海岸の酒場では『俺たちゃハコバンじゃねぇんだから終わりにバンドテーマやりながらメンバ紹なんぞしねぇんだ。ストレートにセットやって終わりだあね』と言う別名で呼ばれる事もある。


これはフィックションです。



次回は、18日くらいに久々の新作お嬢ちゃん動画です。
でも、少し遅れるかもです、まだ作っていないもんで。
気長にお待ちください、です。






2011
09
14

#069- i-corage colection #08 Syoko-tan with Juriet robert

#069- i-corage colection #08 Syoko-tan with Juriet robert


トゥットゥルー!

らいらいお!
満を持しての登場しまりんぐ。
本当に、ギザ・カワユス、マミまんた。

エロスの女神のギガント登場なので、ホルース状態かも(笑)


で、
ビッグバン・ヤバスなもんで


R-18 !!


バッカルコーンとお楽しみを・・・。


キターッ!!

#069- i-corage colection #08 Syoko-tan with Juriet robert


アダルト動画: i-corage colection #08 Syoko-tan
i-corage colection #08 Syoko-tan


皆様良くご存じのように、R-18ですから、麗しい女神様の解説ご紹介は出来ません。
とても悲しく残念ですが悪しからず、です。

でも、僕はこの女神さま、わりと好きなんです。
なんか、少し他の子たちと違う匂いがしたりするもので、です。
サブカルチャーの中で泳いでいるだけじゃぁなくて、自ら作り出している創作者という位置付けだと思っとります。
頑張れ!です。




再度で、
使用した楽曲は、【One Drop- (Juriet Roberts)】
レゲエですな。
アルバムはこれ、コンピュレーション?かな、ですが。



One Love- Tribute to BoB Marley
ct



若干季節を外した感も否めませんが(笑)、
まだまだ残暑がぶり返している今日この頃であればお許しあるかもとの、駆け込み登場でした。

このアルバムの楽曲は、お嬢ちゃん動画創るのに適した楽曲が多いもので、
これを含めて3作品ほどに登場いただいております。
今回で2作品のお披露目と言う事ですが、後の一つはまた何時の日にかです。


過去エントリー。
お暇な折にどうぞ。

2010/4/25- #015- Seto asaka.- with Cleveland Watkiss
http://eeewaa00.blog107.fc2.com/blog-entry-62.html




では、動画の楽曲と、
アルバムから何曲かをお届けします。
無駄な解説は省いときますので、ただただ能天気?!にお楽しみください、です。
解説しようにも、U.Kファンクやそのあたりはよく知らないもんで、ごめんなさいでした。


One Drop- (Juriet Roberts)







I Shot The Sheriff- (Tony Remy)
Is This Love- (Carroll Thompson)





Nice Time - (Courtney Pine)
One Love - (Cleveland WATKISS featuring Project 23 Posse)





Redemption Song- (Noel McCoy)
Zimbabwe- (Steave Williamson)





と言う事で、
今回はサブカルチャー先陣闊歩かわゆす女神様と、U.K.やらがカリブやっとります集団との出走でした。

次回は、9/16日の予定です。
新作お嬢ちゃんの動画がまだ出来ていないので(少し時間が無い)、またまたの与太話かもですが、
とりあえず、どんどん更新どんどん更新、です。

お疲れさまでした。







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2011
09
12

#068- i-corage colection #14- yuuko-rin with John Scofield

#068-i-corage colection#14- yuuko-rin with John Scofield



さて、お約束どうりのエントリーです。
(お約束どうり)は、久しぶりと言うか数少ないというかですが、
お楽しみください。
で、どんどん更新どんどん更新、継続中!

再度、で、

R-18 !
、です。



#068- i-corage colection #14- yuuko-rin with John Scofield

アダルト動画: i-corage colection #14- yuuko-rin
i-corage colection #14- yuuko-rin



この動画のお嬢ちゃん、最近はめでたく地球に帰化出来たみたいで、
その上ごたごたも解決?するとかどうとか、
その上その上、めでたく地球人のパートナーをも獲得したみたいです。
御憧憬の至りですが、
最後と言わずに、まだまだグラビアをお願いしたいものです。
何年後でも、不慮の出来事での再デビュー期待するのは、不謹慎なんですが、です。
ごめんなさいりんこ、です。





さて、使用した楽曲です。


A GO GO(1998)- Jeep on 35
agogo John Scofield,with M.M.W.


John Scofield w. Medeski Martin & Wood

Album: A Go Go
Year: 1998





Jeep on 35- John Scofield



wiki-より
ジョン・スコフィールド(John Scofield、1951年12月26日 - )はアメリカ合衆国の音楽家、ギタリストである。
ジャズ、フュージョン系のミュージシャンとして、セッションやソロで活動。

1974年 - バークリー音楽院卒業
1976年 - パット・メセニーに替わってゲイリー・バートン・カルテットに加わり
1983年 - マイルス・デイヴィス・グループに加入。
わざと音を外したフレーズは、コンビネーション・オブ・ディミニッシュト・スケールが多用され独特の緊張感を与える。 インサイドから徐々に外していく場合(スケールアウト)、基準のキーから半音下のキーに移行していく手法も得意である。


ところで、
この辺の活躍しているギター弾きには、共通のタグが有ります。
それらは、
バークリー、ゲイリーバートン、パット・メセニー、マイルス、と言ったところでしょうか。
そして、ギターシーンを今でもリード?しています。


パット・メセニー(Pat Metheny、1954年8月12日 - )

マイク・スターン(Mike Stern, 1953年1月10日 - )
(バークリーの講師であったパット・メセニーに勧められてブラッド・スウェット&ティアーズー1976年に正式メンバーとして加入、マイルス・グループ-1981年~1983年)



と言う事で、John Scofieldの1998年のアルバム、【A GO GO】から<Jeep on 35>でした。
この頃から、彼の音楽はよりファンクなものへと変わります。
現在は、定かではないんです。
御免なさい、あまり聴いていないもので。

そもそも、アルバムも3枚しか持っていません。

1977- Live
1987- Loud Jazz
1998- A GO GO



Live (1977年, November)
live1977 loud jazz
........................................... Loud Jazz(1987年)


live77
John Scofield(G)(Enja) - Recorded November 4, 1977. Richie Beirach(P), George Mraz(B), Joe LaBarbera(Ds)

loud jazz
John Scofield(G)(Gramavision) - Recorded December 1987. Gary Grainger(B), Dennis Chambers(Ds), Robert Aries(Key), George Duke(Key), Don Alias(Per)


今でも時折聴くのは、1977- Liveくらいなのですが、このアルバムのSoftly as in the morning sunriseは、当時のギター弾きがぶっ飛んだものです。しばらくは皆あんなふうに引き倒したものです。

2つのアルバムから一曲ずつ貼っておきます。



Live- 77 ( Softry as- )
Loud Jazz



尚、softly-については、過去記事にこの楽曲も含めて書いていますので、宜しければ・・・。

annex- Softly 7/30/2010
http://eeewaa00.blog107.fc2.com/blog-entry-176.html


wikiとoficial siteを紹介しておきます。

John Scofield- wiki
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%82%B3%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%89_(%E9%9F%B3%E6%A5%BD%E5%AE%B6)

John Scofield- official
http://www.johnscofield.com/






では、【A GO GO 】の収録曲をお楽しみのほど、です。




A Go Go [2007]- Medeski, Scofield, Martin & Wood


Estival Jazz, Lugano, Switzerland, 5th July 2007
John Medeski - Keyboards, John Scofield - Guitar, Chris Wood - Bass, Billy Martin - Drums






Chicken Dog- Scofield, Medeski, Martin & Wood


North Sea Jazz performance 1997





Chank- Scofield Medeski Martin & Wood


North Sea Jazz performance 1997





Green Tea- John Scofield w. Medeski Martin & Wood
Like it or Not- Scofield, Medeski, Martin & Wood


............. "Like it or Not" was a bonus track on a japanese import of A Go Go.



お疲れさまでした。
今回は、祝!色んなトラブル解決お嬢りんこちゃんと、John Scofield変態上等ギター兄との出走でした。

またまた多くの楽曲で長くなりました。
次回は、9月14日、今回と同種類の動画をギガントお送りする予定です。

まだまだ、どんどん更新どんどん更新、です。
お楽しみに。









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2011
09
09

K 君(大玄海)

思う所あって、このエントリーです。
カテゴリーは、【annex-waa的休日】なのですが、実は・・・。


2011/9/13-
カテゴリーを新設しました。
今後の不定期で不審なエントリーについては全て【off side】タグとします、とりあえず。
何でも有りのエントリーとなりますが、数が揃えば細分化しますので、宜しくです。


ralu1

僕の名前は、ツイッターでは【eeewaa1】
そうなんです、このブログの管理人の一人と同じ名前です。
ですが、ほったらかしになっている他のブログ、ココよりも三カ月ほど前に立ち上げ、今は深海の暗闇に潜行しているブログでは、eeewaa1の飼い犬、という微妙な立場を押しつけられている可哀想な犬なんです。
けれども、由緒正しきヨ―キ―として、その誇りだけは保ってきました。

再度、ですが、
いつまでたっても、かの休眠ブログでは出番が無い!
欲求不満で、そのうえさかりも付くしで、もう知らんもんね!
と、かってに登場しました。

今回は、休眠ブログにエントリーした過去記事からですが、
言いたい放題言っている、【我飼い人(eeewaa1)】の悪行三昧と、少しの可愛らしいところ?を彼の友人とのエピソードを暴く事で披露したいとの思いで転載します。

なにせ今年は記念の年で、今月はその記念月だそうですから、我飼い人の。

これからも、神出鬼没(笑)を旨として、です。
文中、少し辻褄の合わぬ事(休眠ブログの内容のせいで)も有りますが、その内パズルが解けるでありましょう、です。

と言う事で、、【飼い人(eeewaa1)の友人】の始まりです。





【飼い人(eeewaa1)の友人】

  K君(大玄海)



飼い人が外出したので、PCを使う。

遠慮していたのか、それともずぼらしていたのか、人間の身勝手さは今に始まったこっちゃぁないが、嘆かわしい...ワン。
飼い人が、お詫びのコメントをアップしたみたいだけど、次に僕が書くなんて、約束した覚えはないのに、丸投げだ。どこかの国の政治屋の手法そのものじゃぁないか、と、怒り心頭ですが、せっかく始めた独り言の落書き帳を閉じさせるのは何とも勿体ないので、ここは誘いに乗ってあげよう。しかし、今回限りだよ。
だって、僕が使いたい時には、優先して使わせてくれないじゃないか!このPC。
僕だって、たまには、いや本当に時々は、麗しいプードルちゃんやなんかの、その、あのぉ、艶めかしいお宝画像を探したいのに...。
あっ、ご心配なく。飼い人も他の登場人物も、犬語を理解しないから、だからして、こんな事書いても、彼等には読めやしないのだから。

【飼い人の友達】というタグを作ってしまったので、続けよう。
第二回目は、K君。他にも語るにおぞましい数多の友人は居るけれど、少し品のいい話にしようか....


K君(大玄海)

飼い人がK君と始めて知り合ったのは、高校2年の時だ。クラス替えで、同級となった。

それまでに飼い人が知っていた、K君の来歴。

1 御当地で唯一入試のある、公立大学附属中学校出身。
2 応援団に入部したが、半年でDrop-Outした、意気地なし。
3 ペンネーム【大玄海】として、Z会の数学の会報では常に全国のトップ5に位置する。


1に付いて。

飼い人の住む町は、それほどの田舎町ではない。と言って、それほどの都会地でもない。政令指定都市ではあったが、所詮地方の100万都市。学校の格差も、お江戸あたりと違って、公立優位であった。(小、中、高とも)今でもそうかなぁ...。

そんな状況の中で、中学入試などは、飼い人などには思いもよらぬ事。附属中学校とは、親の憧れる最初のブランドで在ったらしい。
そして附属出身者のほとんどは、飼い人の通うこの高校(これも県立高校)に進学する。K君もこの中の一人であり、他の公立中学出身悪ガキ秀才連合にとっては、軟弱ものとしてオミットされるべき存在の一人だった。(女子は別との事...なにせ女子は一学年500人中80人しかいないもので、選別など以ての外なのだ)


2に付いて。

そんなK君、何を狂ったか、応援部に入団した。飼い人の母校(これからは母校とのみ書く)は、文武両道?を旨とする。
まァ、先人に付いてはそれも正しかろうが、はたして飼い人世代は?あ、いや、同窓諸兄に叱られそうなので、飼い人に限っての評論としよう、ワン。

母校は、かって、遠い昔、歴史の事実として(くどいなぁ)、甲子園の優勝校としてその名を紫紺のにも、深紅のにも、記している。しかも、連続で。げに、先輩はすごい。
と、その影響もあって、応援部の活動も推して知るべしである。

新入生は、入学して最初のオリエンテーションでその洗礼を浴びる。
運動場の北の端、裏山との境にある屋外の第3運動場に、全員集められ、『校歌、応援歌、(これが思い出すだけでも4つもあるのだが、不思議と酔った時には今でも全部歌えてしまう)、優勝歌?、逍遥歌、エールのパターン練習(こらぁ、貴様ら気合を入れんかー)』が、三日間行われる。
まっさらの、学生服のまま、赤土の地面に直に座らされ(もちろん女子も)、カタチノイイ学帽も、握りつぶして振りかざし、軟く握ろうものなら、上級生の罵声が浴びせられる。中学を卒業したばかりの『いとけなき』幼子たちは、ここで世の理不尽を学ぶのだ。
であるからして、応援部部員たるもの、全ての在校生の模範となり、お勉きょなんかいいから、声帯と足腰を鍛えるべし、の有り難い教えどうり、凄まじいブートキャンプが行われる。
案の定、K君は、挫折した。ひょっとしたら、K君にとって人生で唯一の挫折だったかも、と今は思う。


3に付いて。

附属中学出身者が、【Z会】を流行らせた。上級生も含めて、一種のブームが起きていた。遅ればせながら、公立中学出身悪ガキ秀才連合にもその【悪波】が押し寄せ、

「なんか、Z会やらんといかんみたいよ。おっかあが、附中の母上達から吹き込まれたみたいやけ、どげんしょうか?」状態に陥ってしまった。ったく...。

【通信教育毎月全国模試毎月全国個人順位確定(晒者付)】の時間が、楽しい【女子高麗人探索欲唇嗚呼鼻血妄想手○後始末】生活の時間を浸食してしまった、ったく...。と、これは僕では無く、あくまでも飼い人の心情を表したものです。

で、その【Z会】。御多分にもれず、全国順位月報に母校附属中出身者が、時折お目見えする。
ペンネーム【大玄海】、母校応援歌にもある、その荒海の名である。
もちろんすぐさま、公立中学出身悪ガキ秀才連合(これを次から【公中連】と呼ぶ、何セ長すぎる)による下手人探しが始まったのは、読者の想像に難くないところでしょう。

それが、K君、頭の出来は、これはもう天下一品。特に数学のそれは、教師をも凌いだのだ。

長くなったが、さて、ここからがK君話。

飼い人は、K君と意気投合した。出席番号で、直前直後の関係から話す事を始め、「ォ、なかなか良い奴やないか」状態に成るまで、そんなに時間はかからなかったそうだ。【公中連】との付き合いとは別の新たな世界からの親友をこの時得たのだという、良かったねぇ...。

K君の頭脳細胞cpuの能力は、それはもう凄まじかった。次に、本日のメインエベントを示して、それを紹介しようか、この回は、それで終わる事にしますから、悪しからず。


【メインエベント】

母校では、3年生になると年4回の実力テスト【大学入試模擬試験(これを進学テストと呼ぶのだが)】が行われる。
地元の【国立防人大学】のレベルに合わせた問題で、900点満点の六割くらいが合格点だったか、【国立御所大学】や【国立皇居大学】やは、七割以上だったかなぁ、良くは記憶に無いらしいけれど、まぁ行われるのだ。

で、4回の内、夏休み明けの回だけ、チョット趣の違う方法がとられる。
ある者には、大いなる名誉、ある者たちには、大いなる恥辱をもたらす、その誰が考えたか知らない卑しい試みとはなにか?
こういうことです、3年生500人、母校附属予備校(他校の浪人生も含む)200人程、そして事もあろうに、2年生選抜50名の参加が許可され、悪夢の(進学テスト)は執り行われるのです。
3年生や、浪人生には、拷問のような精神的プレッシャー。実際、飼い人達も、3年になった時、つくづく感じたそうです。

それで、飼い人2年生の時のそれ。
数学。200点満点。問題6問。(大学入試準拠だから、もちろん全範囲、微分方程式も、集合論、確率もある)

飼い人は、先ず捨てる問題を探す。何とか手に付きそうなのを3つ位見つけて、二時間で大丈夫かなんておもったりして...、っと。

後ろの席からは、無駄の無い軽やかな、鉛筆の用紙を擦る音が心地よいリズムで伝えられる。そう、K君が飼い人の後ろの席で、左手で頬杖付きながら、チョット斜めに腰かけたいつもの姿勢で、まるでクロスワードやってるみたいにリラックスしているのだ。

一時間が過ぎたころ、K君の筆が止まった。飼い人のエンピツはとうの昔に止まっていた。芯も減らぬ。あぁー・・・。

突然、シュッと何かを擦る音がして、芳しい香りが飼い人の後方から漂ってきた。

「アぁー、良い香りだなぁ...」などと能天気に思っていたけど、これは記憶に有る匂い。

「アぁー、俺も吸いたい!ショートピース。・・・え~、ぇえショートピー.....?」

カンニングの汚名を恐れず、気合で振り返ると、K君の右手から紫煙が真っ直ぐに天に向かって立ち昇っていた。
皆、見ていた。教官も見つめていた。暫しの沈黙、あっ、いや試験中だから沈黙は当たり前だけれど、より緊張感を伴う深い漆黒の沈黙、があって、K君悠然と、周りと自分の右手を見つめ、徐にポケットの中で、ショートピースもみ消した。後で聞いたところによると、死ぬほど熱かったらしい。

とこんなことがあった。これも青春の良き思い出の一つとのことである。
飼い人の友人は、先日のH君といい今度のK君といい、面白いですね。人間は、みなこうも落語の世界に生きているのでしょうか、と思う今日この頃です。
次回は、J君。前の回で予告してたのに、K君話が先行した事お許しを。
またお会いしましょう。そろそろ、飼い人がお帰りの時間ですので....


ぇ、何、それからどうなったかって?
あまりたいした話じゃないけれど、後日談しますか?
しょうがないねぇ、お客さんも好きですねぇ。

結局K君は、教員室に呼び出された。K君の言うことには、教師たちはこう言ったそうです、
「Kよ、気持ちはわかる。でもここは一つ言わねばならぬ。頼むから、家での事に限ってほしい、学校では許してくれ、」と。
ほんとかどうかは、解らないけどね。

後日談2。

数学の順位表によると、トップの点数は、196点。受験者800人近くの中で、見事に2年生が、それも驚異的な新記録を樹立した。飼い人ら2年生も鼻が高いというものだ。
もちろん、K君。

飼い人はと言うと、捨てずに何とか取り組んだ問題で、80点くらい。まぁ、こんなものです。
3年に進学してからも、K君の数学のそれは、常に196から198の間を漂った。
たぶん、教師のプライドがそうさせたのだろう、とのもっぱらの噂であった。僕もそう思う、ワン。

その後、K君は、めでたく【国立・皇居・文京・赤門】大学へと現役合格し、かさねてめでたく理学部数学科を御卒業、その後学研生活には入らず、コンピュータの巨人の家に下宿した。何年かして、海を渡り【U.S.アインシュタイン】大学に出張り、なんたら称号を拾ったとか。

だから、同窓会名簿の出身大学校の欄には、光り輝く【プリンストン】の文字と、【Ph.D】の記号が刻まれているのだ...、とさ。



さて、次回はお約束通りコリン☆からのお目見えです。
9月12日が円盤の到着予定です。
暫しの御辛抱を・・・。





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